2013/07/05 (Fri)

本間順治著「日本刀」

岩波書店「日本刀」本間順治著昭和14年5月30日発行を読んでたら、豊臣秀吉の鑑定としてあるところが興味深かった。
 秀吉が或る日伏見城の1室の刀掛にある諸大名の指料を見て、これらの主をことごとく言い当てたことがあった。
 そばにおった寵臣前田玄以が驚いてその所以を尋ねると、秀吉は呵々大笑して
「何でもないことだ。
浮田秀家は美麗好みであるから黄金を鏤(ちりば)めた拵えがそれだ。
上杉景勝は父の代から寸のびの作を好むから長いのがそれだ。
前田利家は又左衛門といった昔から先陣後殿の武功を立て、今は大国の藩主となったが、決して昔を忘れぬ男であるから革巻柄の拵えがそれだ。
毛利輝元は生来異風を好む癖があるから、ことさら趣好の変わったものがそれだ。
徳川家康は大勇の将で、もとより一剣を頼みにするようなことがないのであるから、それといい立てる特色もなく美麗でも異風でもないのがそれである。」
と答えたので、秀吉の人物を看破する眼の鋭さに重ねて畏れたという。
蓋し、いかにも正鵠を得た観察で、秀吉の不凡を証するに足る。
 なお秀吉の家康観に関係して次の説話もある。すなわち1日両雄対座して談偶々刀剣のことに及び秀吉は、しきりに自家蔵刀の自慢をして後、次に家康珍蔵の宝器について尋ねた。
しかるに家康は恐れ入って何もないとのみ答えた。秀吉は許さず屡々問うたところが、
家康は「自慢のものを強いていえば、自分には水火の中を辞さぬ旗本が5百人いる、これが第一の宝である」と答えたので、秀吉は愧じる様子があったという。