2014/01/07 (Tue)

小林秀雄「芸術随想」より

新年おめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。 
 前に刀剣博物館で鐔の展示を拝見したときに、鐔はもちろんのこと、小林秀雄の鐔の短文のキャプションに興味をもちました。担当者におききしたところ、小林秀雄「芸術随想」からの引用とのこと。
 その本は古本しかないと聞き、ネットで探し、155円、送料等295円計450円で注文、ヤケはあるものの新本同様で、得した気分になりました。
「芸術随想」のなかには、刀剣に関連しては、「古鐔」と「高麗劍」の項がありますが、「高麗劍」の項のごく一部をご紹介します。

我が国の第一級の神話によれば、素盞鳴尊を愛した三人の女性は、彼の十握の劔から生まれた。天照大神が、十握の劔を三段に折り、口中で嚼み砕き、吹き捨てた狭霧のうちから現れ出た。言うまでもなく素盞鳴尊が持っていた一番いい刀は、天叢雲劍であるが、これは名劍であるから、天照大神も折って食べるわけにもいかず、傳世の劍となったが、その保存方を命じられていた倭姫命は、東征途上の日本武尊の心事に同情し、大事な刀をやって了った。相模の野で火攻めに會い、この刀の御蔭で、危難を免れて以来、刀は草薙劍と呼ばれるようになったのは、誰も知るところである。彼は、草を薙ぎながら、ひたすら、想っていたのは弟橘媛の身の上であったが、やがて、彼女は、その事を想って走水の海に投じて彼を救った。ところが、征戦も終わりに近付き、この英雄は、或る女性の許に、迂闊にも大刀を置忘れ、伊吹山に出掛けて死ぬ。
辞世に曰く、
       をとめの 床の邊に 吾が置きし
              劔の大刀 その大刀はや
 刀と女性との関係は、どうも大変深いものらしい。この深い関係を、そのまま刀だけに移して考えてみてもよいだろう。粧いのない刀はない。外装という装飾を持たぬ刀身はない。あたかも、女性が刀身から生まれるように、刀は、われ知らずその飾りを生むのである。それは、刀身という行動が、思想という外装を纏(まと)わざるを得ないようなものではあるまいか。(小林秀雄「芸術随想」高麗劍 昭和38年1月より)
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