2011/10/26 (Wed)

鍔  銘 遊洛斎赤文(桂野赤文ー初代) 春日野図鍔

「壁丸形鉄地高彫象嵌色繪 銘遊洛斎赤文 昭和50年11月28日 寒山」(個人蔵)とある。
桂野赤文は、金工桂雲軒の次男として越後国村上に生まれ、名を正蔵、兄光長(鷺州)、弟忠吾(南山)とともにのち金工を業とする。正蔵は江戸に上り、浜野某に金属彫刻を学んで技法を習得、業成って遊洛斎赤文と号し、碩儒 亀田鵬斎の書風で銘を切る。

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文政7年(1842)庄内藩に召し抱えられ2人扶持 金5両を給され、弘化2年(1845)庄内に下って鶴岡新町に居住した。作品は、鍔、小道具をはじめ刀剣金具全般におよび、技法は高彫り据文を得意として写実的技倆に傑出する。明治8年(1875)享年87才鶴岡で没した。tubakaturano2.jpg