2014/09/01 (Mon)

定例鑑賞会を開催

 8月31日午後1時鶴岡市第3学区コミセンで定例鑑賞会を開催しました。あいにくと諸行事が重なり参加者は10名でしたが、刀剣をじっくり鑑賞することができました。刀剣は下記の通りです。

1号刀  刀(小太刀)  来国光   重要刀剣
  法量:長さ66.2糎  反り1.6糎  元幅3.0糎  先幅1.9糎
     鋒長さ3.2糎  茎長さ14.2糎  茎反り僅か
  形状:鎬造、三ツ棟、やや細身、反りやや深く、腰反りつき、中鋒
  鍛: 小板目肌よく錬れ、地沸厚くつき、地景細かに入り、淡めの沸映り立ち、
     冴える。
  刃紋:中直刃、僅かに小互の目交じり、匂い深く、沸厚くつき、佩裏下半縁ほつれて
     喰違刃交じり、匂口明るく冴える。
  帽子:直ぐに小丸に返る。
  彫物:表裏に角止めの棒樋。
  茎: 生ぶ、先刃上がり栗尻、鑢目勝手下がり、目釘孔一、佩表第一目釘孔の上中央
     に「来国光」、裏に同じく「本阿(花押)」と極めの朱銘がある。
「説明」
山城国来国光は、通説に来国俊の子と伝え、鎌倉時代末葉より南北朝時代前期にかけて活躍し、現存する作刀に見る製作年紀の上限は嘉暦元年で、下限は観応二年である。彼には、伝統的な真の直刃のほか、直刃調に小互の目・小丁子を交えるもの、直刃調に小乱れごころのもの、のたれ調に互の目を交えるもの、また互の目主調の乱れのものなどがあって作風が多岐に亘っている。
 本作は生ぶ茎無銘の小太刀に、本阿弥光常が来国光と鑑して、極めの朱銘を施したものである。鍛えは小板目がつんだ精美な肌合を見せ、地沸を厚く敷き、沸映り立ち、刃文は匂深で、沸がよくつき、匂口明るく冴えるなどの作柄で、来国光の特色が存分に窺われ、本阿弥光常の極めは正に至当である。加えて地刃共に健全で、保存状態が良好であることも好ましい。
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2号刀   刀  無銘  伝千手院      重要刀剣
  法量:長さ2尺1寸6分半  反り5分  元幅8分2厘  先幅5分6厘
     鋒長さ7分8厘  茎長さ6寸1分半  茎反りなし
  形状:鎬造、庵棟、反り深く、小鋒詰まる
  鍛: 板目流れて殆ど柾となり、肌よく約み地沸厚くつく。
  刃文:直刃調に浅く湾れて小乱互の目交り、匂深く小沸よくつき、處々に金筋かかる。
  帽子:掃きかけて焼詰め風となり、沸よくつく。
  茎: 大磨上、先切、鑢目勝手下がり、目釘孔4、中1つ銅埋、無銘。
「説明」
大磨上無銘、細身の刀で、鎬幅広く、鎬高く、地がねが特によく、地刃に大和物の特色が顕著である。同じ大和物でも時代が古く鎌倉中期を下らず、千手院と鑑るべきものである。
千手院派の刀鍛冶達は、大和国奈良の東大寺に隷属する僧形の承仕法師であり、もっぱら東大寺の僧兵達の為に鍛刀を行なっていたという。若草山麓の千手谷で鍛刀していたが、同地に千手観音を本尊とする千手院堂が所在していたため、それがそのまま派号となった。大和国の他の刀工流派である手掻・当麻・保昌・尻懸とともに、大和五派と呼ばれるが、その中でも最古の流派であるとされる。

3号刀  刀    包清   
  法量:長さ2尺2寸5分  反り4分5厘   
  形状:
  鍛: 
  刃紋:
  帽子:
  茎: 目釘孔  2個
     表:包清  
裏:天保六年乙未四月五年詰休息下之節
   從忠発公御手自拝領之都筑知利
「説明」
初代は大和手掻包永の子です。大和国は、山城・備前・備中・伯耆・豊後などの国とともに、日本刀誕生の最も古い国で、大和物の在銘品はことさら少なく、鎌倉中期から後期にかけて、當麻・手掻・保昌・尻懸の4派が勃興し、千手院派を加えていわゆる大和5派が勢ぞろいします。大和鍛冶は武士に刀を供給する他国の鍛冶とは違い、東大寺や興福寺といった寺院のお抱え工として栄え、各寺院の勢力拡大の一翼を担ったと考えられ、5派ともに作風は華美にならず、彫り物があっても簡素なものが多く、てらいがなく、直刃を基本とした刃文の多いことで知られています。供給先が寺院等であることから、刀工達も自ら各寺院に帰依していたと思われ、その影響か、刀剣を仏様へのお供物的な位置付けとして鍛刀したと考えられて、生太刀の無銘の作品が多いのかも知れません。手掻派は、東大寺の西の門である手掻(転害)門の門前に集団居住した一群の刀工達のことを示し、東大寺専属の鍛冶集団であったと言われ、同時代の他の大和物と比べて国の指定品が多いことも特筆されます。

4号刀  刀    藤島友重   
  法量:長さ2尺2寸9分  反り6分3厘   
 形状:
  鍛: 
  刃紋:
  帽子:
  茎: 目釘孔  3個
     表:藤島友重  
裏:
「説明」
始祖「藤島友重」は建武頃(1334)、来国俊の門もしくは加賀真景門とも伝えられ、古い作例としては熱田神宮の重要美術品認定の「友重」太刀がある。新刀期は元禄頃の十二代まで伝わる加賀の名門鍛冶である。藤島友 藤島友重の初代は来


5号刀  短刀    兼定   
  法量:長さ 9寸4分  反り5厘   
  形状:
  鍛: 
  刃紋:
  帽子:
  茎: 目釘孔  1個
     表:兼定  
裏:
 「説明」
和泉守兼定(いずみのかみ かねさだ、生没年不詳)は、室町時代に美濃国関(現・岐阜県関市)で活動した刀工で、同銘の刀工が複数存在するが、「之定」(のさだ)と通称される2代兼定(和泉守兼定)が著名であり、「関の孫六」・「孫六」と称される兼元とともに関鍛冶を代表する存在である。