2014/10/19 (Sun)

藤原清人碑前祭&刀剣鑑賞会

 10月18日(土)午後1時から刀剣鑑賞会、午後2時30分から清人碑前祭、引き続き直会を清人縁の温海温泉旭屋旅館で開催いたしました。清人の師四谷正宗と称された清麿の展示が昨年各所で行われ、その師清麿の刀債を全部引き受け、そして師の遺族の面倒世話をした清人の師思いも話題になったことと思います。「師に似たる処2つあり。酒呑みと銭なしと。」の銘をが碑にして毎年秋に碑前祭を催行、清人の人柄や作刀も鑑賞し偲んでおります。定例鑑賞会そして祭主嶽本神官のもと厳かな神事の後、来賓の出羽商工会鹿野事務局長さんからご挨拶をいただき、なごやかに懇談をいたしました。
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鑑賞刀は下記の通り

1号刀 脇差 銘 菊紋 信刕住助宗  特別貴重刀剣
助宗(初代)  長さ 1尺7寸3分 新刀寛文
初代助広門。後、信州松本住。「信刕(州)住助宗」「豊後守藤原助宗」「豊後守助宗」
「島田小十郎助宗」菊紋有り。刃文、大互の目乱、広直刃

2号刀 太刀 恒光   重要刀剣
長さ2尺4寸7分(74.8cm強) 反り 9分(2.73cm)
姿 鎬造 庵棟 僅かに磨上げているが腰反高く踏張りあり
身巾 重ね頃合 中切先
地鉄  小板目 肌立ちごころ 杢交じり 地沸つき
刃文 小乱れに小丁子交じり 足葉よく入り 沸よくつき 所々金筋入る
帽子 乱込み 先丸く返る
茎 磨上げ 先切り 僅かに反りつき 目切り 目釘孔6ヶ   
中央に大振りの2字銘がある。
恒光は古備前正恒の子或いは弟子と伝え、在銘の現存する太刀は頗る少ない(光を消し上に正の銘を入れ、正恒としたものがある)。この太刀は磨上ながら作者の時代(平安承徳1097~保元1156)の良さを示した姿がよく地刃も出来すぐれ、同作中の白眉であろう。銘振りも同作の典型である。

3号刀 刀  銘 羽州大泉住豊前守藤原清人 明治三年八月日
山形県指定有形文化財
長さ68.2cm 反り1.2cm
鎬造、庵棟、鎬高く、鎬巾狭く、重ね薄く、大鋒、フクラ枯れる。
鍛えは小板目肌よくつみ、やや流れごころとなり、地沸つき、地がね冴える。
刃文は互の目に小湾れ、尖り刃など交じり、匂い口締りごころに小沸よくつき、所々に叢沸つき、僅かに砂流し      かかり、裏の中程は、特に激しくかかる。
帽子は乱れ込み、先尖って返り、僅かに掃きかけかかる。茎は生ぶ、先丸い栗尻、鑪目筋違い、目釘孔1。
銘は、目釘孔の下棟寄りに、鎬にかけて、長銘、裏に同じく、明治三年の年紀がある。
清人は、庄内湯温海の出身。この刀は清人の晩年に近い、同人作の傑作で、師である幕末の名工、清麿の風を伝えた代表作といえよう。本刀は、明治八年英国海軍のジョフレ・リチャード中将が明治天皇から贈られ、のちに米人刀剣収集家コンプトン博士によって、致道博物館に寄贈されたものである。

4号刀 太刀  銘  守家造
山形県指定有形文化財
長さ 70.0cm 反り 1.7cm 鎌倉中期
鎬造、庵棟、反り浅く、小鋒。鍛えは小板目肌やや流れて、肌立ちごころとなり、乱れ映り立つ。刃文は丁子に互の目、蛙子交じり、小足入り、葉頻りに交じり、総体に佩裏一体に華やかとなり、匂口締まる。帽子は乱れ込み、表先小丸、裏尖りごころ。茎は磨上げ、先栗尻、僅かに反りつき、鑢目勝手下がり、目釘孔四、やや小振りの太鏨で三字銘がある。
守家は備前長船に隣接する畠田に居住したことから、畠田守家と呼ばれている。他に備前国長船住守家と銘し、文永年紀のあるものがあって、時代も住居地も明らかである。同名数代あって、その初・二代は、俄かに決しがたいが、この太刀は、上の出来は、比較的に地味で、銘振りも小銘である。大振りのものとは異なり、この銘振りのものには、出来のよいものが多く、これは二代の作かと思われるが、決し難く、とにかく初・二代を下らぬ優刀である。

5号刀 脇差  銘 本銘備州長船与三左衛門祐宀
一段為物切故廣賀上是 
長さ54.8cm 鎬造 庵棟 身巾頃合 先反りつき 中切先
地鉄 板目つむ
刃文 腰の開いた互の目、丁子交り 互の目の焼頭に小互の目交じって足葉入り 帽子 乱れ込んではきかけ、小丸に返る
茎 勝手下り 目釘孔2 茎尻切 磨上げ
銘表 備州長船与三左衛門祐宀
古刀祐定の一門は40数名の大刀匠団であるが、その中でもまた当時の數多い末備前の刀工を含め与三左衛門尉祐定が第一の名工である。

上記の他、会員の所有の清人の短刀数振も鑑賞しました。