2012/01/21 (Sat)

黒崎研堂の書

 黒崎研堂は、17歳で戊辰戦争で農兵隊小隊長として出陣、戊辰戦争終結後、鹿児島に酒井忠篤に従って鹿児島に赴き、練兵を学び、松ヶ岡開墾に従事、金融機関済急社(67銀行に吸収)社長、町会義員などを歴任した。
 幼少の頃より書に巧で、書道界の第一人者日下部鳴鶴、巌谷一六などと交わり、研鑽を重ねて庄内における書道隆盛の基礎をつくり、多くの門弟松平穆堂、吉田苞竹らを育てた。
 キリスト教無教会主義をとなえた内村鑑三の愛弟子黒崎幸吉は研堂の長男。

 下記の写真は黒崎研堂作の5絶の漢詩、132.5×33.8cm 致道博物館蔵 愛刀家の思いが伝わってくる漢詩である。
「新たに買う5尺の刀。懸着す中梁の柱。1日3摩磋。15の女より劇し。」
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